そういえば20年前、ナイチンゲールに助けられたことが…

こんにちは。SAWA医療設計 代表の澤です。

ご覧頂いているSAWAのホームページ、上の方にある会社概要のボタンを押して頂くと、赤色の文字で”SAWA医療設計 誕生秘話“の記事が出てきます。今回はこの記事ある、設計事務所に在籍していた頃の話をさせて頂きます。

会社に入って6年目ちょうど30歳を過ぎた頃、札幌市内の総合病院の現場に設計・監理者として1人常駐していました。その物件は発注の都合上、設計から建物の竣工に至るまで約8年の月日を要し、私はそのうちの後半の5年間を引き受け、現場に常駐しながら各部門の詳細の設計と現場監理の仕事を同時に進めていました。

その病院では、建物のちょうど真ん中くらいに、幅9m、長さ70m、天井の高さが14m程の自然光がたっぷり差し込む、開放的なアトリウム空間をつくる計画となっていました。空間のコンセプトは、「患者さんや家族にとっての癒しとリハビリの場をつくる」、そして定期的な病院イベントをそこで開催して、地域住民との連携をはかるというものでした。

着々と設計と工事が進んでいくなか、発注の担当者さまから、「先にあげたコンセプトだけでは説得力に欠けるので、もう少し病院としての機能を含むコメントをくわえてほしい。」とのお話をいただきました。長期間の仕事では、いろいろな出来事がおきます。この現場は着工当初から各方面から注目されており、現場の視察や設計概要の説明会がたびたび行われていたため、外部からのご指摘もいろいろありました。

そんな中、偶然2つの出来事が重なりました。

災害時における搬送病院としての協力要請

その頃は阪神淡路大震災の数年後で、全国的には行政指導による災害時の対策が進められていました。

その流れもあり、行政から地震などの大災害時における負傷者の搬送先としての協力要請がありました。もちろん発注者もその要請を受け、早速ソフトとハード面における対策を打つよう我々にも支持がおりてきました。

具体的には100人ほどの負傷者を同時に病院で受け入れ、救命状態を判断しながら上のような写真のタグを各人につけていく、“トリアージ”の作業ができるような体制づくりが目標となりました。

まるでナイチンゲール病棟のようなつくり

そこで冬場の災害も想定し、先にお話したアトリウム空間をトリアージの場としました。実際に100人の負傷者を想定し、図面上で描いて並べてみると、この細長い平面(9m×70m)に負傷者がたくさん並んで寝ている雰囲気、そうです、あのナイチンゲールが設計した病院の病棟部にそっくりでした

そこでアトリウム空間は、”トリアージの場として活用する”という機能を付加させ、ナイチンゲールが病棟設計で大切にしていた、大きな窓面からの自然採光、吹き抜け空間と高窓を利用した十分な自然換気の確保が可能という考え方をもとに、負傷者の処置後の感染も防ぐ最適な空間として提案しました

その他の工夫としては、寝ている患者さんが寒くないよう床暖房、壁面に非常用電源、搬送用の担架などをその空間に設置しました。

アトリウム設計のキャッチフレーズを”災害時にはナイチンゲール病棟のように”と変更し、発注者さんから最初に頂いた「…もう少し病院としての機能を含むコメントをくわえてほしい」との課題をクリアしました。

「近代看護教育の生みの親」と呼ばれているナイチンゲールが160年前に設計した病棟、その考え方をしっかりと取り入れた案として皆さんにご理解を頂き、まさにナイチンゲールに助けられたと感じた出来事でした。

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